グリーンスチール市場の技術革新と市場成長機会
グリーンスチール市場:脱炭素時代の鉄鋼革命
はじめに
気候変動への対応が世界規模で急務となる中、鉄鋼業界においても持続可能な製造方法への転換が加速している。その中心にあるのが、化石燃料を一切使用せず、温室効果ガスを排出しない製造プロセスによって生産される「グリーンスチール」である。従来の高炉・転炉法(BF-BOF)が鉄鋼1トンあたり1.8トンのCO₂を排出するのに対し、電気アーク炉(EAF)方式ではわずか0.6トンと大幅に削減されており、さらなる技術革新が世界各地で進められている。本記事では、グリーンスチール市場の現状、成長要因、課題、地域動向、主要企業の取り組みについて詳しく解説する。
市場規模と成長予測
グリーンスチールの世界市場は急速な拡大期を迎えている。2025年の市場規模は609億1,000万米ドルに達し、2026年には774億6,000万米ドルへと成長すると見込まれている。さらに2034年には1,290億8,000万米ドルに達する見通しで、予測期間(2026〜2034年)における年平均成長率(CAGR)は55.6%という驚異的な数字が予想されている。この急成長の背景には、脱炭素化への世界的な機運の高まりと、各国政府・企業による大規模な投資が挙げられる。
市場成長の主な推進要因
- 各国政府のコミットメントと政策支援
パリ協定において世界の気温上昇を1.5℃以内に抑える目標が掲げられており、鉄鋼業界もその対象として各国政府から強い圧力を受けている。世界鉄鋼協会によると、鉄鋼産業は世界のCO₂排出量の約9%を占めており、中国に至っては国内排出量の約15%を鉄鋼業が占めている。こうした状況を受け、欧州研究会議(ERC)は水素プラズマを活用した酸化鉄還元技術の研究プロジェクトに5年間で280万米ドルを拠出。オーストラリア再生可能エネルギー機関(ARENA)も再生可能水素・低炭素鉄鋼の研究開発に5,000万米ドル超の資金を投じるなど、公的支援が市場を後押ししている。
- 企業による持続可能性への取り組み
2022年の世界経済フォーラムでは、50社の企業がアルミニウムや鉄鋼など素材の調達において低炭素・ゼロカーボン製品を優先的に購入することを誓約した。中国鉄鋼業協会も同年、エネルギー保全・環境保護プロジェクトへ50億米ドル超を投資している。こうした官民一体の投資拡大が市場全体の成長を力強く後押ししている。
製造技術別の市場分析
グリーンスチールの製造技術は主に3つに分類される。
① 水素直接還元鉄-電気アーク炉(H2 DRI-EAF)方式
最も注目を集めているのが、水素を還元剤として使用するH2 DRI-EAF方式である。使用する水素が再生可能エネルギーによるグリーン水素であれば、製造プロセス全体でゼロカーボンを実現できる。2025年時点でこのセグメントは市場シェアの64%を占め、今後も最大のセグメントとして成長が見込まれている。
② 再生可能電力による電気アーク炉(R-EAF)方式
現在、世界で最も普及している製造技術であり、再生可能電力と組み合わせることで既存設備を活用しながら脱炭素化が可能な実用的な方法として位置付けられている。
③ 溶融酸化物電解(MOE)方式
新興技術として注目されており、予測期間中にCAGR 34.6%で急成長すると予想される。
用途別の市場動向
グリーンスチールの主要な用途は、建設・建築、自動車、再生可能エネルギーインフラ、家電製品などである。
自動車分野が2023年以降、最大の市場シェアを占めている。自動車製造に使用される素材の半数以上が金属であり、世界の鉄鋼需要の10%以上を占めている。特に電気自動車(EV)への移行が加速する中、製品ライフサイクル全体での排出量削減を目指す自動車メーカーがグリーンスチールの調達に積極的だ。ボルボは2050年までに100%カーボンフリー鉄鋼の使用を誓約し、メルセデス・ベンツやBMWもH2グリーンスチールの採用を発表している。2024年時点でこのセグメントは市場シェアの44%を保有している。
建設・建築分野は従来型鉄鋼の最大消費者であり、グリーンスチール市場においても大きな需要源として期待されている。2026年には市場シェアの15.36%を占める見通しだ。
地域別市場動向
北米が2025年の市場シェア28%(170億6,000万米ドル)を占めてトップに立っている。米国が地域生産量の約87%を担い、NucorやH2グリーンスチール、ボストンメタルなど先進企業が市場をリードしている。
欧州は2025年の市場シェア46.6%(283億9,000万米ドル)を誇り、金額面では最大の市場圏を形成している。ドイツのSalzgitter AG、Thyssenkrupp Steel、Stahl-Holding-Saarなどが大規模な脱炭素化プランを推進しており、欧州は技術革新の中心地としての地位を確立しつつある。
アジア太平洋地域は2025年時点で18.5%のシェア(112億8,000万米ドル)を有する。世界最大の鉄鋼生産地でありながらEAF比率は15%未満と低く、脱炭素化の余地は大きい。中国宝武鋼鉄、河鋼集団、日本製鉄などが今後5〜10年での脱炭素化ロードマップを策定している。
その他の地域(ブラジル・サウジアラビア・オマーンなど)は最も高い成長率を示すと予測されており、再生可能エネルギーを活用した製鉄の取り組みが進んでいる。
市場の課題
グリーンスチールの普及にはいくつかの大きな障壁も存在する。最大の課題は莫大な初期投資コストである。世界最大手の鉄鋼メーカーであるArcelorMittalによると、欧州事業のみの脱炭素化に400億米ドルが必要と試算されている。欧州鉄鋼協会の推計では、2050年までに新技術や再生可能エネルギーの活用により、鉄鋼1トンあたりの製造コストが35〜100%上昇すると見込まれている。また、グリーン水素の大量生産技術がいまだ研究開発段階にあることも、H2 DRI-EAF方式の本格普及を遅らせる要因となっている。
主要企業と最近の動向
市場の主要プレーヤーとして、Nucor Corporation(米国)、Swiss Steel Group(スイス)、ArcelorMittal(ルクセンブルク)、Outokumpu(フィンランド)、China Baowu Steel Group(中国)、Salzgitter AG(ドイツ)、SSAB(スウェーデン)、Emirates Steel Arkan Group(UAE)、日本製鉄株式会社(日本)などが挙げられる。
近年の主な業界動向としては、2024年2月にSalzgitter Flachstahl GmbHとOctopus Energyが長期電力購入契約(PPA)を締結し、グリーンスチール生産に向けた再生可能電力確保が実現した。また2022年8月にはH2グリーンスチールとBMWグループがCO₂削減鋼材の供給協定に署名し、リサイクル・使用済み品管理を含む包括的な取り組みが始動している。
まとめ
グリーンスチール市場は、地球規模の脱炭素化トレンドと各国政府・企業の積極的な投資によって、今後10年間で急速に拡大する見通しだ。技術的な課題やコスト面での障壁は依然として存在するものの、自動車・建設・再生可能エネルギーといった幅広い分野での需要拡大が市場成長を力強く支えている。特に水素を活用したH2 DRI-EAF方式の普及が進めば、2034年には1,290億米ドル規模の巨大市場が形成されると予測されており、鉄鋼業界のグリーントランスフォーメーションはまさに本格化しつつある。
出典:https://www.fortunebusinessinsights.com/green-steel-market-108711

